# 冬

またかと二年生がつぶやいた。場所は学校体育館。視線の先にはウィンターカップ予選の現状。誠凛高校を含め、決勝を戦う四校が出そろったのだ。対戦相手は泉真館高校、秀徳高校、そして霧崎第一高校。

二校は一年にも覚えがある。泉真館と秀徳はインターハイ予選の対戦相手で、激戦区東京の*三大王者*だ。特に秀徳はキセキの世代を獲得し、優勝候補に名乗りを上げている。夏の結果にかかわらず、油断のできる相手ではない。霧崎第一は三大王者でもないが、

「霧崎第一もね、前に戦った」

もちろん二年は覚えていた。昨年のインターハイ予選の対戦相手だ。

「ああ。手強かったよな」

「いや木吉は初めてだろ」

「霧崎第一戦もビデオは見た」

木吉が初めて欠場した試合である。ベンチにも座らなかった。膝の治療を優先したのだ。当時、木吉は自身の体調について吞気に振る舞ったが、その実、高校三年間を治療にささげるかどうかの瀬戸際にまで追いやられていた。と、日向と相田、それから花宮だけが聞かされ、他の部員はそれぞれ察した。

木吉の治療は長引いた。夏が終わっても試合に出られなかった。しかし誠凛高校は勝ち進み、結果を出した。やがて木吉も復帰した。一年が入部したときには、強化選手の木吉だった。

「俺も次は初心に返るぜ」

「ダァホ、初日が霧崎第一じゃなかったらどうすんだ」

「*二心*に返るぜ」

「——何だって?」

「——三日目だったら?」

「*三心*に返るぜ」

はい、そこまで。カントクが手をたたく。

「緊張感を持つのは悪くないけどね。強敵は秀徳だけじゃない。どこも油断なんてしてくれないわよ。去年にしろ今年にしろ、みんな誠凛に負けたことがあるんだから」

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敵は本当に油断してくれなかった。あたりまえだった。誠凛だって警戒した。霧崎第一戦に至ってはむしろ厳戒態勢で試合に臨んだ。

初日、泉真館は強かった。しかし誠凛の敵ではなかった。

三大王者は長きにわたって激戦区東京の上位三位を独占し続けたが、今は昔の栄光である。彼らはキセキの世代を獲得できなかったのだ。一方、誠凛には粗削りながら*キセキ級の天才*の火神がいる。キセキの世代に勝てずに*無冠*と呼ばれた*逸材*もいる。才能だけがバスケではなかろう。とはいえ競技の世界では、才能は重要な因子だった。インターハイ上位三位はキセキの世代の獲得校だ。

キセキの世代とは、それほどの才能である。中学バスケ界に現れた十年に一人の天才たちを、わずか一年で*上書き*した。十年に一人の*本物の*天才たち。くしくも一つの学校の一つの学年に出現した彼らは、かの中学校に圧倒的三連覇をもたらすと、別の高校に進学し、高校バスケをも塗り変えた。高校バスケ界の人間は選手だろうと監督だろうと皆一様に言う。今後三年、高校バスケはキセキの世代だけが勝ち続ける。

もちろん誠凛の目標は日本一、つまりキセキの世代の打倒だ。火神が入部してくる前から、黒子がキセキの世代の<ruby>六人目<rt>シックスマン</rt></ruby>と判明する前から、バスケ部創部時点から。

二日目、獲得校の秀徳にも当然、打倒キセキの精神で挑んだ。実は彼らには勝ったことがあった。夏のインターハイ予選、桐皇学園——青峰大輝——と当たる直前のことだ。しかし、だからこそ今回も気の抜けない試合になった。キセキの世代——緑間真太郎——を獲得した三大王者の強豪は、それでも負けた相手を前に、もはや一分の隙も見せなかった。そして試合は熾烈を極める。緑間は*あらゆる距離*から*絶対に入る*シュートを打ち続け、それを火神だけが妨害できて、——結果は引き分けだ。

秀徳と誠凛はこれで互いに一勝一分け。ウィンターカップ出場をかけて、誠凛は次の試合も勝たねばならない。秀徳の次の相手は泉真館。言っては悪いが、秀徳は万に一つも彼らに負けない。同じことは誠凛の対戦相手にも言えるのだけれど。最終三日目の霧崎第一はごくごく普通の強豪である。

三大王者でなく、キセキはおらず、無冠もおらず、名監督もいない。何なら誠凛は昨年時点で差をつけて勝ち、言わずもがな今年までに経験を積み、キセキ級の新入部員を獲得し、今年またキセキの世代とも数度対戦し、あの秀徳と引き分けた直後だった。もちろん控室でカントク直々に「油断禁物」を厳命されたが、いくら自らを戒めようとしたところで、多少はプレーに出ることもあるだろう、そういう程度の相手だった。

「それじゃ駄目だ」

——都内の高校の制服姿が、控室を出てすぐの廊下で待ち伏せていた。

「今日から集団下校するくらいじゃないと」

思い詰めた声でうつむいた。

「先輩が——もう二度とバスケできないって」

全部の話が終わった後、他校生がいなくなった後、花宮の心底からの退屈を、偶然にも黒子だけが見抜いた。

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「絶対に一人で帰らないで」

「先輩は休日練の後に*襲われました*」

「犯人は同年代であることしかわかりませんでした」

「*でも霧崎第一だった*」

「あいつらが言ったんだ」

「『先輩のお見舞いに行けなくてごめんね』」

「僕は、花宮には、もう——あんな目に遭ってほしくない」

「頼むから試合が終わるまでは絶対に荷物から目を離さないでくれよ」

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ウィンターカップ東京予選最終日、誠凛対霧崎第一。

インターハイ準優勝の桐皇学園バスケ部はその試合を観戦していた。言うまでもなく目的の一つは、ウィンターカップ出場校を見定めること。緑間を擁する秀徳が*泉真館など*に負けるはずがない。桐皇学園はインターハイ準優勝の成績によってシード権を得た。他の*獲得校*も確実に出場権を得る。誠凛の勝敗が肝心だった。もしこの最終日、誠凛が勝てば、誠凛も出場権を獲得したら——。

まだ、わからないのだけれども。

誠凛にはキセキ級と無冠がおり、あの秀徳とも引き分けた。それでも試合の行方はわからなかった。誠凛自身、理解しているのだろう。

「やけに殺伐としてやがんな」

「仕方ないよ。相手は*あの霧崎第一*だもん」

一年の一人が、あっという間に一冊のノートを出して開く。

「今大会の霧崎第一の対戦記録。ほとんどの試合で対戦相手が*本来のエースを使えなくなっている*」

「ラフプレーで何人も怪我させてるって——」

「うん。それに、それだけじゃないの。試合前日に怪我したり、直前になってトイレから出てこなくなったり」

「マジかよ」

と、前の席から二年生。霧崎第一のラフプレーのうわさは彼の耳にも届いていた。聞いたときは、セコい真似をしやがってと憤ったものである。しかし後の二つは初耳だった。彼はこの一年の情報収集能力に一定の信を置いている。とはいえ、だ。まさか闇討ちだの下剤だのを仕掛けたとでもいうのか。バスケの試合で勝つために?

彼女はノートを閉じた。

「荷物から全員が目を離した時間があった、みたいですよ」

そして目を伏せる。

昨年まで霧崎第一はこのようなチームではなかった。本当に普通の強豪だった。だが、変わってしまったのだ。チームが。方針が。監督が。

試合はまもなく始まった。珍しく花宮のワンガードだが、伊月はユニフォーム姿でベンチにおり、怪我や体調不良はなさそうだ。ウォーミングアップにも参加していた。単に戦略上の理由だろう。伊月の持ち味は視野の広さと、それによる正確なゲームメイク。今回はそれがかえってあだとなるとの判断か、警戒の表れか、その両方か。

何にせよ、まずは誠凛ボール。さらに、まっすぐ日向のスリーポイント。シュートは成功。多少気負った様子はあるが、どうやら調子はよさそうだ。きっと誠凛は無事に今日の試合を迎えた。よかった。敵ながら彼女は安堵する。しかし、つかの間のことだった。こちらも早速、始まったのだ。霧崎第一のラフプレーが。

テツくん!

頭はたちまち想い人に占領されそうだ。テツくん、テツくん、誠凛の、同じ中学の同じバスケ部の黒子テツヤくん! 彼を目で追えたなら、もっと安心していられたのに。彼女は黒子の性質を、とても、ものすごく、よく知っている。コートで黒子を見つけることは、それでも至難の業である。——霧崎第一の*プレースタイル*を教えるべきだった、とは決して、可能性さえ想定したこともないけれど。

想い人でも他校の選手。桐皇学園がすでに敗退したならともかく、この試合次第では大会で戦うかもしれない相手。バスケで知り合い、互いにバスケを愛しているからこそ、バスケでは絶対に手を抜かない。

だから彼女の頭は結局、黒子で埋め尽くされはしない。彼女にはまっとうすべき役目があるのだ。テツくんは心配だけど!

「心配することないで、桃井」

「——へ?」

ずっとコートに注目していた前の席から声がかかって、変な返事をしてしまった。慌てて声の主を確認するが、やはり彼はずっとコートに注目しており、彼女のことを見てもいない。

「誠凛はちゃんと霧崎第一の手口を知ってるはずや」

たしかに霧崎第一の対戦校のなかには、誠凛の選手と中学を同じくした選手がいる。彼らのチームは例によってエースを欠き敗退。そのエースも選手生命を危ぶまれるなど、現状最大の被害を受けた学校だった。彼ら、いや彼が中学時代の知人に警告した可能性は、彼女も考慮の上である。しかし、この主将の口ぶり。どうも彼女よりさらに精密に彼の行動を予測したとみえる。

まあ、それもそのはずか。桃井は驚くより納得した。彼らの中学が同じだったというなら当然、今吉翔一は二人を知っているはずなのだ。

今吉はコートを見下ろしている。

「こんなしょーもない*小細工*が*あいつ*に通用するかいな」

——今吉の目蓋の裏に中学時代がよみがえる。

二年生の新学期、放課後のバスケ部、監督の交代、破壊と非合理。別離と喪失。新入生。——不慮の事故。

今吉は知らなかった。

それを疑っていたことを。

それを信じていたことを。

それを畏れていたことを。

今吉は知っていた。

「あいつは天才やからな」

第一クォーター終了のブザーが鳴った。誠凛は*まだ軽傷*だが、火神がすでにファウルを二つ。日向も一つ。女子高生監督が、ねぎらいつつも、たしなめる。無理はない。始まったばかりの試合なのだ。得点源がこの様子では、当分、息もつけないだろう。

一方、霧崎第一も何やら穏やかならざる様子。彼らの監督はもちろん大人だが、選手二人と衝突している。霧崎第一は監督の交代に合わせてレギュラーメンバーも一新したようだったから、てっきり監督の新方針に従える者が残ったと考えたのだけれども、安直が過ぎたか。うーん。ま、ええか。もう霧崎第一とは当たらんやろうし。

やがて第二クォーターが始まる。今吉の後輩は最後にコートに入っていって、不意にゴールポストを見上げた。
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