糸冬いずく
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三田ダンテの日常は、屋上で少女を抱きとめた、その十二秒後に終わりを告げた。転校生の美少女、隣の席の美少女、一緒に帰る美少女、一つ屋根の下の美少女!「君っ、どっどっどっ——うきょまで!?」「あたりまえです。まずは、おまえを堕とします。このわたくしが決めたんだわ」——『堕天使に誘惑されている!』/今川大葉
連続ライトノベル作家殺人事件
2022-10-07T19:00:00+09:00
<h1>屋上病院——医神と雇われバトルナース——</h1>
<p>バトルナースヒロインへの屋上オペは第五話だった。『屋上病院』第一巻の第五章。</p>
<p>理不尽に病院を追放された主人公は、廃校屋上での野良手術をきっかけに、屋上での開業を決意する(第一話)。雇った傭兵看護師と意見を対立させたり(第二話)互いに理解を深めたり(第三話)手術で初めて息を合わせたり(第四話)。しかし喜びもつかの間、ヒロインが心筋梗塞を発症しまって——。第五話はヒロインの手術に費やされた。主人公の尽力の甲斐もあってヒロインは一命を取り留め、エピローグで正式に看護師として雇われる。</p>
<p>というライトノベルを執筆した東形京人。心筋梗塞により屋上で死亡。享年、三十四歳。</p>
<p>自殺ではなかった。だがヒロインを屋上に落とそうとした今川大葉は、屋上に落ちて死亡。ヒロインを屋上から落とそうとした衛門虎は、屋上から落ちて死亡。ヒロインを屋上で心筋梗塞発症に至らしめた東形京人は、屋上での心筋梗塞発症によって死亡。</p>
<p>いずれもヒロインは死ななかった。今川大葉のヒロインは、実は堕天使だった。衛門虎のヒロインは、主人公によって自殺を阻まれた。東形京人のヒロインは、主人公の施術で救われた。が、作者は死んだ。自殺ではない。病死でもない。<em>殺されて</em>死んだのだ。</p>
<p>「屋上ものの作者だった」</p>
<p>「たしかに異世界転生ものではなさそうです」</p>
<p>「異世界転生にも屋上はある」</p>
<p>「『けのとと』にもありますね」</p>
<p>ある、などというものではない。鯛焼堂杏子の『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。』は今やその代名詞なのである。『けのとと』のヒロインたちは必ず学校屋上で正体を明かす。</p>
<p>黛は白目を剝いて(比喩の一種)鯛焼堂杏子の安否を確認した。速やかに無理を押し通した。鯛焼堂杏子は無事だった。その過程で旅行の計画を知った。黛は何も見なかったことにしようとして、もちろんそのようなことができるわけはなくて、やはり白目を剝く(比喩)羽目になった。</p>
<p>連続ライトノベル作家殺人事件! 次回、温泉旅館の殺人! 作家友達と某市の温泉地に遊びに来た鯛焼堂杏子の運命とは——?</p>
<p>四月二十七日から一週間と少し前、黛は二十一歳に頭を下げた。</p>
<p>「<em>みかど旅館</em>にどうにか転がり込んでくれ」</p>
<p>二十一歳は心底嫌そうに眉根を寄せた。</p>
<hr>
<p>「二名様でご予約の高橋さま」</p>
<p>「はい、高橋弥勒です」</p>
<hr>
<p>花宮は常に黛の先を歩き、客室に踏み入り、入るなり畳に座り込んで本を開いた。室内の見分は黛に丸投げした。しかし黛も文句をつけずに部屋の確認と整理を済ませ、五分たって初めて声をかけた。</p>
<p>「高橋、おい」</p>
<p>ちょうど花宮も本を閉じた。</p>
<p>「どうかされましたか日暮先輩」</p>
<p>リュックサックに手を差し入れて、文庫本をしまい、文庫本を取り出す。歯車をあしらったタイトルロゴ。『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。』最新二十巻。黛の布教用にして、花宮の新たな愛読書——。</p>
<p>「——なわけねえだろ、あんたのせいで読まされてんです」</p>
<p>「狩りに必要だからって読んだおまえの判断だ」</p>
<p>犯人はともあれ三月から一か月足らずでライトノベル作家三名が殺されている。手段はどうあれ、それぞれのヒロインの身に起きた——起きようとした——事象をまるで再現するかのように。ライトノベル愛好家の黛はこの三という数字を看過できないと判断し、また花宮も判断を下したのである。</p>
<p>「事実ならこれは見立て殺人だ。死因がそれぞれの作品に記されているんです。そのうえ次に死ぬかもしれないやつがわかっていて、どうしたら読まない選択ができるんです?」</p>
<p>「おもしろいだろ」</p>
<p>「娯楽として一定以上の評価を得ていることは疑いません」</p>
<p>愛読者の前で花宮は言葉を選んだが、当人はじとりとした視線を向けた。</p>
<p>「続きが聞きたいなら言いますが」</p>
<p>黛は首を振って、視線をずらした。ただ、表紙が目に入ったから、尋ねてみる。</p>
<p>「イラストか?」</p>
<p>イラスト表紙の美少女ヒロイン。ライトノベルが敬遠されがちな理由の一つだ。愛好家であっても、表紙を隠すために不透明のカバーをつけたり、そもそも外では読まなかったり。黛はどこでも透明のビニールのカバーで読むが、多数派ではない自覚もある。しかし花宮は怪訝な顔をした。</p>
<p>「それ内容と関係あります?」</p>
<p>「——無関係でもない」</p>
<p>コミカライズやアニメ化に際しては、原作の表紙や挿絵を元にキャラクターがデザインされるものだ。あくまで本体は文章だろうが、イラストにも重要な働きがある。</p>
<p>と、そこまで考えて黛も怪訝な顔になった。</p>
<p>「まさか、おまえ——怪物警察だって言うんじゃないだろうな」</p>
<p>「——SNSなんかで稀によく見る『弓道警察』の亜種の意味ならイエス。逆にあなたが楽しめているという事実が理解しかねる部分ですよ」</p>
<p>「——稀によく」</p>
<p>「そこかよ」</p>
<p>「——つまり<ruby>ヒロイン<rt>怪物</rt></ruby>の描写が正しくないから楽しめないと」</p>
<p>「弓道経験者にとって正しくない弓道描写がノイズたりえるように、正しくない怪物描写は俺にとってはノイズたりえる。まさか指摘して回るような内容でもありませんが」</p>
<p>そのノイズを、あるとき指摘して回った連中が弓道警察である。たまたま弓道警察が目立っただけで、格闘、狙撃、違法建築、車の寸法、街の構造、野菜の断面、まあいろいろ。たまたま花宮は怪物関係者であったので、</p>
<p>「五巻で登場した専門家が主人公の問題を解決しないことが、今の一番のノイズです」</p>
<p>それはもう十五巻も続いている状態で、今後も解決に向かうことはないだろう。もう一度、題名を声に出して読んでみてほしい。時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。メインヒロインの人数と性質である。</p>
<p>「べつにクレームなんかはつけません。俺は『ハリー・ポッター』も黙って全巻読みました」</p>
<p>「なんだって?」</p>
<p>花宮は答えなかった。新たに手に取った『けのとと』を開くこともしなかった。あらすじだけ確認すると、またしまって、荷物を持って立ち上がる。</p>
<p>「整理は済んだみたいですね」</p>
<p>温泉宿まで来てまずライトノベルを読み終えた花宮は、他のことを丸投げした黛の礼の一つも告げず、まっすぐ歩いて廊下に出た。「おい」と言われて初めて「ああ、ありがとうございました」と思い出した。そうすると二人は無言になって辺りを見回す。玄関口まで誰ともすれ違わなかった。</p>
<p>初めて見かけた他の客は、受付を済ませた若い男だった。若いといっても黛よりは大分上の、三十路に立つか立ったところか。仕事に疲れた社会人が一人旅に出てきたといった風情だ。あるいは出張かもしれないが、服と荷物がそぐわない。まるきり遊びに来た人間のようだ。体つきも悪くない。何かあれば黛も立ち回りを考えねばならない。べつに術師にも見えないが。滞在期間は重なっている。</p>
<p>「なあ高橋」</p>
<p>黛は僅かに首を動かした。花宮がややあって返事をした。</p>
<p>「どうかされましたか日暮先輩」</p>
<p>「あの人おまえの知り合いか?」</p>
<p>どうしてなどとは尋ねなかった。花宮は押し黙って前を見ていた。受付を終えたばかりの年上の男が、二人のいる方向を見て、手を振っている。</p>
<p>「ま、こ、と、く、ん」</p>
<p>彼は口の動きで花宮を呼んだ。ちょっと笑って、ちょっと走った。ついに二人の前で立ち止まると、ちょっと声をひそめ、うかがうように花宮を見る。</p>
<p>「仕事中だった、かな?」</p>
<p>「ええ。大学の先輩と旅行に来たんです。日暮先輩、この人は——」</p>
<p>「——高木です。よろしくね、日暮くん」</p>
<p>「——日暮です。高木さん」</p>
<p>「その調子で僕のことも、ぜひ高橋と」</p>
<p>「そうだった、ごめんね、高橋くん。——ええと、そうだ」</p>
<p>高木が慌てた様子で荷物を漁り、何かをつかんだかと思うと、するりと手から落ちていく。持ち主があっと声を上げる間に、地面に触れて音を立てた銀色を花宮が素手で拾い上げる。高木はすまなそうに笑って受け取って、</p>
<p>「ええと、ごはんはもう食べたかな?」</p>
<p>花宮は黛を見た。黛は花宮を見なかった。銀のスプーンをしまった高木は笑顔で二人の答えを待つ。</p>
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三田ダンテの日常は、屋上で少女を抱きとめた、その十二秒後に終わりを告げた。転校生の美少女、隣の席の美少女、一緒に帰る美少女、一つ屋根の下の美少女!「君っ、どっどっどっ——うきょまで!?」「あたりまえです。まずは、おまえを堕とします。このわたくしが決めたんだわ」——『堕天使に誘惑されている!』/今川大葉
屋上病院——医神と雇われバトルナース—— – 連続ライトノベル作家殺人事件 – なかなかどーしてややこしい – 二次創作
2022-10-07T19:00:00+09:00
<h1>バイバイ、エンジェリック・ルナティック</h1>
<p>舌の根も乾かぬうちに。問題を避けようと選んだ言葉は「もう四か月だ」に切り捨てられた。四月十八日水曜午後九時。さよならと別れて二度と組まない黛が言った。</p>
<p>「温泉旅館に行かないか」</p>
<p>花宮真は思わず箸を止めた。従業員が通りかかる。黛が呼びかけ、</p>
<p>「あっ——、はい」</p>
<p>「同じの頼む」</p>
<p>「同じのですね」</p>
<p>従業員は花宮の料理に視線を落として確認する。立ち去る頃には花宮も海鮮丼を再び食べ始めていたが、尋ねはした。</p>
<p>「どなたかと勘違いされてはいませんか」</p>
<p>当然の疑問である。</p>
<p>「ライトノベル作家の鯛焼堂杏子先生が泊まるらしい」</p>
<p>黛の回答である。ちっとも答えになってはいない。だから何だと。花宮がそう続けることもまた当然のようだったが、彼はそれをせず、ただ黛の横に目をくれた。視界の端で黛が深々と頭を下げる。</p>
<p>「頼む、一緒に助けてくれ」</p>
<p>一分前のできごとだ。花宮の食事の向こう側に黛が突然現れた。約束もなく、そして断りもなく花宮の正面に腰を下ろす。どすんと物音をさせて、荷物も<em>軽々と</em>置いてくれた。黛の脇の重たげな袋である。そのとき本かと中身を推測した花宮だが、より具体的にはライトノベルになるのだろう。作家はおそらく鯛焼堂杏子。それが、だから何だという話だけれども。俺はライトノベル愛好家なんかじゃあないんです。</p>
<p>もちろん黛は百も承知だ。花宮はライトノベル愛好家ではない。なら何かって、</p>
<p>「打ち切りの危機でも?」</p>
<p>「命の危機だ」</p>
<p>ハンターである。</p>
<p>花宮が海鮮丼を一口食べた。黛はとがめない。ちょうど頼んだビールが届く。ごゆっくり。従業員が花宮を見る。立ち去るとすぐ、それを持ち上げた黛が、ごくり、ごくごく、ごっくん、ごとり。ジョッキを手放し、息をついた。花宮は海鮮丼をさらに一口、二口、三口。</p>
<p>殺されたんだ。</p>
<p>いくらの味が広がる口で、黛の言葉を聞き流す。</p>
<p>「悪霊か妖術師か吸血鬼か何かそういうのに殺されたんだ、今川大葉先生が」</p>
<p>もちろん花宮は今川大葉も知らなかったが、ライトノベル作家かイラストレーターの名前だろうと当たりをつける。ライトノベルの表紙が慣習的にイラストで飾られることは花宮も知っていた。口を挟まないでおくと案の定、今川大葉はライトノベル作家だった。花宮はいくらをつついた。黛も相槌など待たなかった。</p>
<p>「ラノベ作家の今川大葉先生が十三日に亡くなったと、SNSに投稿があった」</p>
<p>十六日のことだ。葬儀は身内だけで済ませたとか、急なことだったとかの、よくあるやつで、アカウントの主は同じレーベルのライトノベル作家。今川大葉の友人としても知られており、まもなく出版社からも文書が出たことによって、急速に現実を帯びていく。トレンドにもなった。</p>
<p>「人気作家だったしな。現在進行形の代表作『堕天使に誘惑されている!』はコミカライズ、アニメ化ときて、劇場版も制作決定——」</p>
<p>「したんですか」</p>
<p>「——アニメ一期最終話の最後に二期が発表されたら何巻まで放送されるだろうってのがあって、それ以降どんどん描写が過激になるから二期最終話では劇場版制作決定が発表されるだろうと」</p>
<p>「希望的観測でしたね」</p>
<p>「言ってろ。ファンの宿命だ」</p>
<p>黛がにらんでも、花宮はとんとわからない顔だ。興味がなかった。黛は憤慨を胸にしまう。これだからラノオタじゃないやつは!</p>
<p>花宮がライトノベルオタクだったなら、まずは一期の成功を祈って乾杯したり、『けのとと』の制作会社だから信用できると話し合ったり、したのだろうか。あいにくラノベオタクは黛だけだ。乾杯のかわりに黛は独りでジョッキをあおった。</p>
<p>いくら丼も届いた。従業員は花宮に一瞬怪訝な顔を向けたが、「こっちです」の声で慌てて料理を置く。</p>
<p>黛は箸をつかんだ。</p>
<p>「とにかくだ。今川大葉先生が亡くなった。友人にしろ出版社にしろ、どっちも確かな出所だ。さすがにガセじゃないってなって、——これ、うまいな。——そのうち、どいつかが十三日の小さいニュースを引っ張り出した。マンションの屋上で住人が死んだんだと」</p>
<p>飯をすくうと「これが本場の味ってやつか」などと表情ひとつ変えずに言った黛の向かいで、花宮は箸を置いた。かわりに端末を手に取る。件のニュースは多少調べたらすぐに出てきた。今川大葉の名前と一緒に。</p>
<p>花宮がニュースを見つけたことを知っても、黛は続けた。</p>
<p>「正確には死体が出たらしい。ってことで、ちょっとした騒ぎになって、警察が出てきた。が、他殺じゃなかった。昇降口から——屋上の昇降口の屋根にでも立って——飛び降りて、つーか転げ落ちて、打ちどころが悪く、ってのが公式見解。</p>
<p>それが『堕天使!』の今川大葉先生だと、どっかの誰かが言い出した。先生は珍しくもなく顔も本名も出しちゃいなかったが、それでも<em>特定</em>したいやつはいる。そいつらの話では、そこに先生が住んでいて、つまり今川大葉先生が<em>自殺</em>したんだと、そういうことになっていた。今川大葉先生は十三日に自宅マンションで<em>屋上に</em>落ちて亡くなった。——俺も調べた」</p>
<p>黛は、またいくら丼を口へ運んだ。眉も動かさずうまいと告げると、箸を再び丼へ向ける。白米の上で新鮮ないくらが輝いている。函館くんだりまで足を運んだ甲斐があったと胸中でつぶやく。</p>
<p>一方の花宮はジョッキをつかむと酒をあおった。音を立てて置いた。</p>
<p>「それで?」</p>
<p>続きがあることは知っていた。そうでもなければ、あきれるところだ。実際、黛は話を続けた。</p>
<p>「そりゃそうだ。これは一大事で、言ったろ、俺も調べてきた」</p>
<p>先生の。黛は最初にそう指示して、今川大葉先生のと言い直す。</p>
<p>「今川大葉先生の<em>飛び降り</em>は最初じゃなかった」</p>
<p>二回目という意味ではない。</p>
<p>「二件目だった」</p>
<p>ライトノベル作家の飛び降りは、先月の末にも起きている。</p>
<p>マンションですかと花宮が尋ねた。黛は首を横に振った。</p>
<p>「重要なのはそこじゃない。<ruby>衛門<rt>えもん</rt>虎<rt>とら</rt></ruby>先生の『バイバイ、エンジェリック・ルナティック』を知ってるか? 学校の屋上の扉を開けてみたら、よく知らない女子生徒が飛び降りようとしていたって話だ。衛門虎先生はそれが自殺の原因じゃないかってうわさされるほど酷評されたこともあるんだが、『バ、エ・ル』は満場一致の代表作でな」</p>
<p>黛は箸を置き、手を拭き、脇の荷物を開いて閉じた。次に現れた彼の手は、一冊の本を花宮に突き出してくる。衛門虎の『バイバイ、エンジェリック・ルナティック』だ。花宮は一度だけ黛の顔を見て、仕方なしに受け取った。黛の腕が引っ込んだ。話が再開しないので、仕方なしに冒頭も読んだ。確かに序盤で主人公がクラスメイトの飛び降りを止める事件が起きた。めんどくせー。そこまで読んだ花宮は胸中でつぶやくと本を閉じ、こちらは声に出して言った。</p>
<p>「今川大葉は登場人物を屋上に突き落としたことがあるかと、俺は尋ねるべきですか」</p>
<p>「『堕天使に誘惑されている!』は屋上に降ってくる少女を主人公が受け止めて始まるラノベだ」</p>
<p>「それ主人公が死にませんか」</p>
<p>「少女は堕天使で羽が生えてた」</p>
<p>「——鯛焼堂杏子は?」</p>
<p>「『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。』には、ヒロインが屋上で主人公に体内の心臓部を見せようとする場面がある」</p>
<p>グロテスクですねと花宮は言わなかった。尋ねるだけ無駄だと知っていた。実際、尋ねていたなら、黛は即座に「林檎たんは機械人形だ」と答えただろう。</p>
<p>クラスにやってきた転校生は、人間ではなく「宇宙から来た進化する機械人形」だった! 彼女の目的は、特別な心臓で地球の浄化を促すこと。その手伝いをしてほしいと頼まれる主人公だったが、彼はすでに別の厄介ごとを抱えていて——。宇宙から来た機械人形、体に取り<ruby>憑<rt>つ</rt></ruby>いた幽霊、屋上に降って湧いた妹! 不思議で甘くて波乱万丈な学園生活を描いた『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。』劇場版第三弾制作決定!</p>
<p>おめでとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。エンドレス。黛はこの『けのとと』と鯛焼堂杏子先生に一生ついていく所存である。</p>
<p>「へえ。人気があるんですね」</p>
<p>花宮は『けのとと』で検索した。正式名称はクソ長かった。しかし一発で出てきた。題名のひらがな部分を抽出してつくった略称だろうが、ファンでも長く感じるらしい、などと考えつつ、メディアミックス情報を読んでいく。劇場版制作が一種の成功であることは、ライトノベルに明るくない花宮にもわかる。黛の懸念も察することはできた。</p>
<p>ヒロインを屋上に落とした今川大葉が、屋上に落ちて死亡。ヒロインを屋上から落とそうとした衛門虎は、屋上から落ちて死亡。それなら『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。』は——。正体を明かされた主人公は、一度はその告白を疑ってみせた。すると転校生は「なら心臓を見せてあげる」といかにも機械的な情緒で制服を脱ぎだすのだ。このイベントは他ならぬ主人公によって中断されたけれど。</p>
<p>「では」</p>
<p>花宮が端末から顔を上げた。</p>
<p>「三件目の自殺に関して伺いましょうか」</p>
<p>「そうだ、それが今日のニュースだったな」</p>
<hr>
<p>小説家の<ruby>東形<rt>ひがしかた</rt>京人<rt>きょうと</rt></ruby>さん死去。三十四歳。『屋上病院——医神と雇われバトルナース——』</p>
<hr>
<p>「短編連作第一話はバトルナースヒロインへの屋上オペですか」</p>
<p>「自宅マンション屋上で心筋梗塞を起こして亡くなったそうだ」</p>
https://tetraminion.org/ff/nakanaka-dousite-complicated/main/n-2/n-2.html
三田ダンテの日常は、屋上で少女を抱きとめた、その十二秒後に終わりを告げた。転校生の美少女、隣の席の美少女、一緒に帰る美少女、一つ屋根の下の美少女!「君っ、どっどっどっ——うきょまで!?」「あたりまえです。まずは、おまえを堕とします。このわたくしが決めたんだわ」——『堕天使に誘惑されている!』/今川大葉
バイバイ、エンジェリック・ルナティック – 連続ライトノベル作家殺人事件 – なかなかどーしてややこしい – 二次創作
2022-07-01T19:00:00+09:00
<h1>堕天使に誘惑されている!</h1>
<p>親方! 空から女の子が!</p>
<p>あまりに有名な物語の導入。ボーイ・ミーツ・ガールの典型。空から女の子が<em>降って</em>くる。五秒で受け止めるかはさておき、黛千尋も好きだった。——ヒロインを屋上に<ruby>堕<rt>お</rt></ruby>とすライトノベルが。</p>
<p>世間一般の常識にならえば、人間は屋上に<em>落ちて</em>きやしない。どちらかといえば、むしろ人間は屋上からこそ落ちるもので、それさえ日常とは呼びがたい。屋上に落ちる人間も、屋上から落ちる人間も、並大抵の人間には皆等しく非日常。当の黛にとってのことは、さておくとして。</p>
<p>とにかく、そのライトノベルを好んで読んだ。高校時代など屋上で読んだ。屋上は、落ちるだけの舞台ではない。悲劇的な非日常だけが降りかかることなど、ありはしない。屋上は<em>出逢い</em>の舞台なのだ。ボーイ・ミーツ・ガール。主人公とヒロインが屋上への落下でそれを果たしてみせたように。</p>
<p>屋上に堕ちてきたヒロインを主人公が受け止めて始まったそのライトノベルは、この四月ついに最新十一巻を発売した。現れた十一番目の堕天使。ヒロインもつまり十一人目を数えるところとなり、主人公の学校にはまたしても美少女転校生がやってくることになって、てんやわんや、かくかくしかじか。中盤以降、三巻頃からちら見えしていた敵組織の、とうとう首領と対峙する。</p>
<p>四月になった。黛の現実の——リアルの——話だ。四月になった。黛はこの三月から四月にかけての時間を、ライトノベルを読み費やした。春になって、そうするだけの時間が生まれた。そう。ついに手に入れたのだ。大卒の称号を。黛は大学を卒業した。だから、とうとうハンターになった。専業の。だから黛はこのライトノベルを発売初日に読めなかった。</p>
<p>新卒ハンターの黛は、田舎の実家に帰ってきた。新卒だからと、両親は仕方なく長男を迎えた。三月の終わりのことである。新卒だからと、黛はそれから二週間ばかりの暇を許された。一週間前までのことである。新卒ハンター黛千尋、最初の狩りは、両親の言うには新人研修、悪霊退治と相成った。悪霊だろうと送り出され、本当に悪霊を退治して、新人研修は以上で終了。黛は文句をつけて引きこもった。</p>
<p>よりにもよって『堕天使に誘惑されている!』発売日に狩りをかぶせてくるなんて!</p>
<p>ネタバレの害は被らなかった。幸運ではない。不断の努力の結実だ。初日に読めないと悟った黛は、ありとあらゆるSNSのミュート設定を強化し、通知を停止、あるいはログアウトして、場合によりアカウント削除を即決した。オンラインゲームも一切やめた。チャットは無論、現代のプレイヤーにはプレイヤー名でコミュニケーションする文化がある。黛は十一巻の内容すべてを自分の目で確かめたかったのだ。</p>
<p>唯一購入だけはした。発売日の開店ちょうどの現地の書店に駆け込んで、新刊置き場に直行した。十一番目の堕天使が表紙だった。帯には声優決定のおしらせ。主人公もヒロインも俺の知ってる役者が演じてくれるって。それを買ってすぐにしまい込んだ。開きもせずに荷物の底に。丸一週間! 次巻を読むしかない引きで終わってくれた十巻の続きを! 全人類が待ち望んだ十一巻を! 隙間時間に読めよって? 誰が、渇望さえした新刊の初読を襲撃に邪魔されたいって!?</p>
<p>新人研修を終え、自室に戻ると、黛はようやく誰にも邪魔されない時間を手に入れた。自由でなんというか救われていて、独りで静かで豊かで——。荷物の底から出てきた、馴染みない書店のブックカバー。一週間前にしまったそのままのライトノベル。それを外し、眺め、付けなおし、黛は黙々と読書を始めた。</p>
<p>十一番目の堕天使、十一番目のヒロイン。現れた敵組織、現れた首領、手も足も出ない主人公たち、主人公を守ろうとして倒されていくヒロインたち。無力に打ちひしがれる主人公。首領は彼の前に降り立つと、悪魔的にささやく。「 」</p>
<p>そうして。読み終えた黛は。声優決定の帯を目にした瞬間からは想像もつかないほどの、絶望を抱いていた。</p>
<p>わかってはいた。正直なところ。いつか訪れるべき場面だった。主人公がヒロインに決別を告げることなど、わかっていたのだ。わかっていたではないか。こういうときばっかり決断できてしまう主人公はいる。『堕天使!』の主人公もその類の主人公だった。いや、いや、でもな、でもなあ! クソッ! クソッ! 何が優柔不断な主人公だ! 注意書きとかないのかよ! 要らないけど! 欲しかった! アー! 次の巻を読みたくない! 絶対に! 今すぐ! 読ませてください!</p>
<p>黛は久々にSNSにログインした。それまでに何十秒を、いや何十分を要したかは定かではない。十一巻を読み返した気もしないでもない。ひとつ確かに言えることは<em>その投稿</em>がこの日つい十二秒前、ぴったり十二時に送信されたということだ。</p>
<p>すべての設定を元に戻しても、タイムラインはちらとも内容を変えなかった。当然だった。発売日は一週間も前なのだ。昨日のトレンドさえ忘れ去られるのがSNSの日常だ。黛のタイムラインもおおむね今日のトレンドに従っており、ゲームのイベント、その配布ユニット、ガチャ、ガチャ、ガチャ、美少女絵師の美少女イラスト。黛は話題が一番盛り上がった時を逃したのだ。まれにラノベの話題が目についたときには、今回の対策の効果の程度を強く思い知らされるだけだ。</p>
<p>最新十一巻の展開はかつてない苦悶をはらんでいた。予測できていた部分はあった。フラグ回収というやつだ。しかし予測できていなければ黛は立ち直れなかったかもしれない。気の迷いだとしても注意書きが欲しくなった。それほどの絶望だった。けれども十一巻の内容を欠片でも別の場所で最初に目にするようなことが起きていたなら、黛は両目をえぐったかもしれなかった。血迷って。</p>
<p>まあ<em>その投稿</em>は、決して第十一巻の内容に直結するものではなかったが。一連の対策を講じていなければ、黛は些細な投稿の一つ一つに精神を乱されたことだろう。バスケで鍛えた? 知るか、そんなもん。俺は新刊を読まない一週間を耐え抜いたんだ。強靭な精神力だろうがよ十二分に。</p>
<p>ので、今、黛は最悪よりうんと健常な精神状態でその投稿を、</p>
<hr>
<p>——今川大葉、飛び降りってマジ?</p>
<hr>
<p>秒でブロックした。これは反射である。反射的に、そして投稿者のプロフィールを確認した。フォロー関係にないアカウントだった。ので、拡散に加担したアカウントも端からブロックしていった。それでも黛は邪悪なタイムラインを<em>遡った</em>。今川大葉、飛び降り、自殺。投稿時間はただの十二秒前、ぴたりと十二時。体の脇を見下ろすと、置いたばかりの物理書籍が一冊。</p>
<p>美少女の表紙を見せて鎮座する先週の新刊『堕天使に誘惑されている!』第十一巻。著——今川大葉。</p>
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三田ダンテの日常は、屋上で少女を抱きとめた、その十二秒後に終わりを告げた。転校生の美少女、隣の席の美少女、一緒に帰る美少女、一つ屋根の下の美少女!「君っ、どっどっどっ——うきょまで!?」「あたりまえです。まずは、おまえを堕とします。このわたくしが決めたんだわ」——『堕天使に誘惑されている!』/今川大葉
堕天使に誘惑されている! – 連続ライトノベル作家殺人事件 – なかなかどーしてややこしい – 二次創作
2022-06-24T19:00:00+09:00