私たちの部屋だった
部屋を片付けなさいと言われた。半ばも何も命令のそれに、はいわかりましたとうなずいた。友達が手伝おうかと言ってきた。完全なる親切心のそれに、困ったら呼ぶねとうなずいた。そばにいたクラスメイトたちが、困ったら呼んでねと言ってくれた。手が足りなかったときはお願いねと、答えながら、漠然と感じていた。きっと必要ないんだろうな。
そもそも私は部屋を散らかさない人種である。常に整頓されてはいないが、乱雑なままにもしてはいない。寝間着は時々放り投げるが、洗濯物は畳んでしまう。教本は机に積み重なっても、ごみはきちんとごみ箱に捨てる。換気もする。掃除もする。そうやって考え事をしながら寮の部屋の扉を開けたら、やっぱり汚くない自室に出迎えられた。人っ子一人いない二人部屋に。
二人部屋の寮生活で、汚いままにしておくほうが、よほど無理な話だった。そろって無精者ならともかく。安藤鶴紗は衛生的な人種だった。だから私たちの部屋も、いつでもある程度は清潔だった。いや、だから、というと、ちょっと違うのかもしれないけれど。——この短くなかった共同生活において一定の配慮が働いたことは確かだ。
入口で二人部屋を見渡して、開けたままの扉を閉めた。後ろ手に鍵もかけた。急に静まり返ったような錯覚を抱いた。もちろん廊下は初めから静かだった。それに、この部屋が賑やかだったことなど、今の今まで一度もなかった。私はかぶりを振って反対の壁まで歩いた。まがりなりにも片付けをするのだから、とりあえず窓を開けておこう。なんて。
窓を開けても今日も自室は静かなままだが、片付けの意欲は高まってくる。私はさらに周囲を見回し、机から手をつけることにした。
備え付けの机はすぐに空になった。それぞれが一か所にまとまっていた。必要なだけの教本と、必要なだけの筆記用具、必要なだけのプリント類。不要になった分は端から捨てていたらしい。プリントはわずか十枚程度が一つの引き出しに収められていた。隣の鍵付きの引き出しには、元から何も入っていなかった。もちろんごみも落書きも一切ない。
そして作業の単調さを実感する前に、二段ベッドに目標変更。床に膝をつき、布団を剝がし、シーツを剝がし、何の障害もなくマットレスが出てくる。そういえば洗ったばかりだった。私はすぐに引き上げて、再度、目標を変更した。だが、こちらもすぐに片付くのだろう。予感とともに衣類を見下ろす。まるで個性のない下着と靴下。それらは、やはり簡単に片付いた。
あとは制服だけ詰めて、歯ブラシとコップを捨てればよかった。私たちは日用品のほとんどを共有していた。だから目の前の段ボール箱一つが、この部屋のおよそ半分で、安藤さんなのだ。
上層部は二十四時間以上の猶予をくれたが、十五分もかからなかった。部屋の半分はさしたる労もなく持ち上がる。本当に手伝いは必要なかったな。私の日々の鍛錬だとか、安藤さんの生活様式だとか、きっと、そういうことは関係ない。私たちはただのルームメイトだった。
二十分前に別れたばかりの先生に、安藤さんの荷物を預ける。先生は中身を一瞥して、疑うこともなく私を追い出す。私はまっすぐに帰った部屋で、ふと風に吹かれて顔を上げた。窓を開けていたのだった。また用事もあるから閉めようと、窓に向かって手を伸ばす。
「ニャア」
はたと息が止まった。
「ニャアオ」
外をのぞいてみたけれど、姿はどこにも見つからない。
私はなぜか安心して、今度こそ静かに窓を閉めた。