夜見山北中学出身の花宮真が誠凛高校バスケ部に入った話。「もうひとりなら殺してた」

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創部一年未満と表すから短いように感じられるのであって、もう半年もなく二年生になると言い換えたらどうだろう。高校一年生が高校二年生になる。それだけの月日が流れた。いや流れようとしている。短いようで長く、長いようでまだ短い。それでも木吉が創った誠凛高校バスケ部は、ついにウィンターカップ予選に出場した。

いろいろなことが、あった。

相田がカントクになった。創部に際して誘いをかけたトレーナーは、他に部員もない運動部ではマネージャーらしい役目を多く引き受けてくれたが、トレーナーとして練習を一から組み立ててくれて、試合に当たっては分析し、なし崩しに監督のように働いた。妥協ではない。彼女に、そうして采配を取る能力があったということだ。新設校の新設部にとって、うれしい誤算のひとつである。

それでインターハイ予選の初日の朝か夕方か、小金井が呼んだ。「カントク」と、おもしろ半分に。すぐに花宮も乗っかったが、他の部員にも異論はなく、本選のころには土田もカントクと呼んでいた。小金井の言葉を信じるなら、水戸部ももう少し早くに相田をカントクとして扱っていて、今や伊月自身も例外ではない。

相田には元々、選手を育てる能力があった。日向や伊月のように同じ中学で運動部だった者は実体験として知っている。伊月はこのことを単にスポーツジムの娘の出自で納得していたのだけれども、彼女が相手のステータスをひと目で数値化できることは高校生になって初めて知った。現在の能力値のみならず、その伸びしろまで見えるようで、中学時代の助言もそれら「ステータス」に則っていたのだという。

目に見えるというステータスは、誠凛高校の戦略にも生かされた。相田は対戦相手のステータスも見抜いた。見抜いたステータスを加味して分析し、その独自の分析に基づいて戦略を立てた。そして彼女の戦略が、おおむねチームの戦略だ。初めての練習試合から、ウィンターカップ予選まで。ずっと相田が監督だった。

伊月は、相田とはよく話した。初めて練習試合をするときから、彼女は戦術を話し合う相手だった。伊月のポジションは引退後よく指導者に転じるというポイントガードで、チームでは司令塔として機能することを求められている。視野の広さは、はっきり彼の強みである。これだけは部員の誰にも負けない。彼にはポイントガードの適性がある。しかし、それは花宮のことだった。

花宮がポイントフォワードになった。この冬のことだ。ウィンターカップでの彼は、フォワードの位置で、ポイントガードの仕事もする。彼には、はっきり才能があった。秋の終わりには、相田と戦術を話し合う姿も珍しくなかった。小金井は時々「監督宮」と呼んでいる。ポイントガードの選手は引退後よく指導者に転じる。そして伊月が相田に提案した。

花宮はポイントフォワードになった。指導者の適正も強く示した。だが、ポイントガードが伊月である以上に、監督も相田である。選手の微細な伸びしろも、本人にとってさえ違和感未満の不調でも、相田は余さず管理する。彼女も、さらに成長したのだ。インターハイ以降。木吉の一件、それ以降。

すべては木吉の一件以降。相田がカントクになり、花宮がポイントフォワードになり、三歩歩けばトラベリング、一本外せば真っ二つ。木吉の一件はチームメイトの誰をも変えた。誠凛高校バスケ部は誰もが変化を余儀なくされた。伊月も日向も例外ではない。

日向は主将としてシューターとして、シュートを二度と外さない誓いを立てた。以来一度も日向が——シュートを外さなかった試合はない。当然だ。彼は数えられても秀才であって、天才ではない。釈明などしなかったけれど。かわりに彼は特訓し、己を罰した。

シュートを外した試合のたびに、つまりは毎試合後、趣味の収集品を破壊した。家で壊したと言えばよいのに、いつも必ず部員の前で真っ二つにした。この予選でも、試合の数だけの残骸を積み上げている。

「どうした伊月」

「ううん、なんでも」

伊月は答えて、その場所から目を背ける。疲労のせいだと思われただろうか。日向は、そうかと言って黙った。疲労が、にじんだ声だった。冷たい風が頬を、なでる。冬だ。小金井が、わかりきった愚痴をこぼす。寒い、帰ろう、今日も疲れた。今日も疲れた。明日も日向は趣味の収集品を破壊する。今朝ちょうど、ここの右手に集合して、皆の前で二つに折った。残骸の前で、ずびずび泣いた。そして今日も勝ち進んだ。

なんともはや成果は出た。思わず小金井が続こうとして止められた。小金井は食い下がらなかったけれど、日向は明日も続けるだろう。

「それにしても、頭が変になりそうだ」

ずびずび号令をかけた日向は、コートではしかし高確率でスリーポイントを獲得する。いや、それよりは、長くないながらも一定時間すべてのシュートを成功させる、というべきか。

「キャプテン、頼むから気だけは確かにな」

そういう時間が時々あって、そのたび時間を伸ばしている。最初に言及した部員は花宮だった。

「ダァホ、変な心配してんじゃねえぞ。縁起でもない」

「でも実際さ、日向、今日もキレてたんでしょ」

「キレちゃいねえよ」

「いやキレてたろ」

「顔怖かった」

「声怖かった」

小金井と花宮が口々に言う。キレちゃいねえよ。日向が再び否定する。関わらないで、伊月も、いいやと内心で首を横に振る。日向の時間の引き金は、本人がどれだけ否定したって、きっと「キレる」ことだった。

ウィンターカップ予選ともなると、対戦相手の気迫たるや、あたかも呪詛のごとしであった。

ウィンターカップはインターハイより門戸が狭い。東京予選の出場権は、インターハイ東京予選の上位校に与えられる。激戦区東京。全員が強敵なのだ。そのうえ彼らは、この大会のために調整、仕上げ、またさらに、ほとんどの三年生が、この最後のゲームに賭けてくる。三年生の最後の大会、三年生との最後の大会。誠凛高校にありえない動機は、時に声に出して伊月らを呪った。——おまえたちには次がある。

それでも日向はスリーポイントを取り続けた。その時間は大抵、戦況が悪いときに訪れた。決まって彼は別人のように険しくなり、表情も、声色も、しかしまずは彼自身に向けられる。シューターは得点を期待されるポジションだ。そのうえ彼は主将だった。もちろん敗北は日向だけの責任ではない。だが、誰もが訴えたとしても、日向は首を横に振るだろう。木吉と、バスケ部全員で日本一になれなかった。

日向と同じ後悔を部員の誰もが抱えている。

次などない。

一年生たちは勝ち続けた。いつでも三年生は彼らを前にして破れ、最後の試合を終える側だった。日向は明日も収集品を破壊する。誠凛はついに予選決勝に進出した。誠凛の他には、泉真館、秀徳、桐皇学園。

「桐皇学園って?」

準決勝の終わり、更衣室を出る頃の話題は決勝の対戦相手だった。特に桐皇学園高校。泉真館と秀徳とは異なり、桐皇学園とは対戦経験がない。

「うちほどじゃないにしろ新しい学校だけど、泉真館、秀徳ほどじゃないにしろ実力はあるって話は聞くな」

聞いた話だが、近年、優秀な監督を迎えたり、選手のスカウトに力を入れたりしているらしい。誠凛の成績がそうであるように、桐皇学園の成績も決してまぐれではないということだ。

「強いんだ」

小金井が質問とも確認とも取れぬ語調でつぶやいて、一同は廊下の終端に差し掛かる。

急に先頭の日向が足を止めた。

「すみません」

人に衝突しかけたらしい。日向の前に見知らぬ高校生が立っていた。顔と服装から学校の名前を探る間に、

「強いよ、桐皇は」

見知らぬ男子が返事をした。そして伊月は彼のジャージから正体を突き止める。学校の名前には覚えがあった。今日の対戦相手である。うちは新設校じゃないからと、相手は自虐的に切り出した。

「試合には出られなかったんだ。あんたらと同じ一年だよ。——なあ、花宮」

「ああ」

花宮が小金井の横から一歩、前に出る。

「なあ、おまえ花宮だよな」

「うん、久しぶり。卒業式、以来だね」

猫宮だ。口の動きで小金井がささやく。配慮したというより、声が出なかっただけだろう。伊月もそうだ。

驚くチームメイトに気づいてか気づかずか、花宮が振り返って紹介する。「同じ中学だった——」と。紹介された人物は「同じクラスだった」と訂正した。

「だって、そうだろ。なあ花宮、クラス全員で卒業したよな」