夜見山北中学出身の花宮真が誠凛高校バスケ部に入った話。「もうひとりなら殺してた」

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入ったばかりのバスケ部に知らない後ろ姿が二つ。その片方がぎょろりと振り返った瞬間、隣の新入部員も硬直した。黒子テツヤは、はっとする。決して表情には出なかったけれど、うれしくなって隣のチームメイトを見上げる。かつてのチームメイトと同様、強者はやはり強者を知る。火神大我は本物だ。そして黒子も改めて振り返った顔を観察した。後ろ姿は知らなかったが、二人のことは知っていた。このバスケ部の二年生だ。

「ご挨拶だな」

まず振り返った彼が口を開いた。バスケ部らしい運動着、体育館を歩く足取り、身長は黒子より十センチ以上も大きく、バスケも十倍以上うまい。黒子は知識を持っていたが、横の火神は肌で感じた。闘争心が急速に燃え、拳を握る。バスケしようぜ。ンだとコラ。黒子は火神の推移をいち早く算出し、そのどちらもが飛び出す前にと声を出した。

「火神くん」

見上げた顔が、すると今度はぎょっとした。黒子のことを思い出したのだ。ずっと黒子に立っていたのに、何なら教室から一緒だったのに。そう黒子が内心でむっとしたときには、二年生のもうひとりも振り返っていて、

「出た!」

ウワッと叫んで、のけ反った。声量より何より体格が彼の反応を大げさに見せる。校内でも高身長の部類だろう隣の二年生を優に上回る身長百九十センチ超。

「おい木吉」

「はっ、花宮!」

「二人は新入部員だ、バァカ」

「そうか、幽霊部員が二人も」

彼は木吉。木吉鉄平。中高バスケの有名選手だ。そして隣で花宮真が剣吞な目つきをくれている。

「木吉、幽霊部員は幽霊じゃない」

「たしかに——ってことは、おまえたち、まさか」

ハァ。花宮がため息をついた。

「すまないな、黒子くん」

「構いません」

黒子は答えた。実は中学時代、幽霊部員にされたことがある。黒子は皆勤賞のつもりだったが、夏前に突然「最近、黒子を見てないよな」と。さすがに慌てて自己主張をして、部誌や名簿を確認してもらった。思ったとおりデータ上も黒子は皆勤賞だったので、幽霊部員騒動は事なきを得た。

「いや、それは構えよ」

「皆勤賞も取りましたから。あれは風邪で休んだ翌日——」

あと一日で皆勤賞。肩を落として登校したのに、いざ発表された皆勤賞には黒子の名前も連なっていた。後で正直に申告したのに、賞は取り下げられなかった。黒子は絶対に出席していた、とは当時の担任の曲がらぬ主張だ。

正直に言って慣れっこなのだ。こういうことは。この現象は。黒子は生来、影が薄い、らしかった。欠席も早退も遅刻もバレない。かわりに本当にはぐれたときに、なかなか見つけてもらえない。中学時代、体育館に幽霊が出るとうわさが立った。クラスメイトが出るとささやくので、部活終わりの自主練の際には多少なりとも身構えていたのに、うわさの正体は黒子だった。

「慣れればこっちのものですよ」

「なるほど、悪いことばかりじゃないらしい」

花宮が一度、火神を見た。

「けど、いいことばかりというわけでもない」

黒子から目をそらしたのだ。


「もうひとりなら殺してた」


花宮は記憶力がいいんだ、という謎の言葉に見送られ、火神と黒子は二年生と別れた。すると、すぐに火神がささやいた。

「なんだよ、あいつ、ヤバいんじゃねえの」

「先輩ですよ」

黒子はたしなめたが、二十センチも高い所で「けどよ」と火神がまだ言った。たしかに物騒な言葉だった。

「もしかすると怖がりなのかもしれません」

「そんなふうに見えたかよ——?」

「いいえ、ちっとも。火神くんは?」

「——やる、やつだ。って」

「実際、強い選手ですからね」

誠凛高校バスケ部を全国に導いたプレーヤーだ。

「全国?」

「全国です。誠凛高校はインターハイとウィンターカップで全国に進出したチームですよ」

「でもここ、去年は一年だけじゃ」

それでも新設校の新設部は一年生だけで激戦区東京を制し、全国大会に出場した。ウィンターカップはベスト8。調べたら簡単にわかることだが、火神は日本のバスケ事情に疎いらしい。

疑わしい気持ちも理解はできた。誠凛高校には有名な監督がいない。体験入部でカントクを名乗って出てきた人物は、なんと一学年上の女子生徒だった。結局、バスケ部目当ての新入部員は皆無に等しい。黒子でさえ彼らの実績に重きを置いて学校を選んだわけではない。

しかし入ってみたら、彼らの実績は、まぐれではないことを期待できた。カントクも期待以上の能力を伴っており、何より火神と出会うことができた。火神には才能があった。今はまだかつてのチームメイトには遠く及ばない。だが、きっと火神は紛れもなく本物のバスケの天才なのだ。最大の、うれしい誤算だ。

黒子は、ちらりと「誤算」を見上げる。百九十センチは、それほどの身長で、身体能力も人並み外れて優れている。おまけにプレースタイルが、黒子のそれと相性がよい。プレースタイルに関していえば、黒子のプレーは特殊だった。

うれしい誤算は脇で、へえ、と気が抜けたような返事をして、慌てて首を横に振る。

「いや、この学校がどうとかじゃ」

「何か気になることでもありましたか」

「——あっちの花宮、先輩っていったか。ええと、ほら、どうして、おまえが黒子だってわかったんだろうな」

「それは——」

黒子は体育館前方に目を向けた。二年生が舞台の前に集まっている。僕らも急いで行かないと。思いつつも、木吉を見つけた。木吉の横に花宮もいた。そして、そのとき花宮が、ぎょろりと、こちらを振り向いた。黒子はまたも呼吸を止める。さっき話したときも、そうだった。花宮に見られた気がしたのだ。

気のせいだ。さっきの黒子は、そう片づけた。彼はプレースタイルを磨く過程でを意識するようになった。生来より薄い彼の影は「光」によって、より薄まる。黒子が注目されないことは、他者が注目されることだ。他者が注目されることは、黒子が注目されないことだ。たとえばバスケの試合なら、高身長、高得点、実力者、バスケットボール。中学以来、黒子の影は意図して薄められている。

気のせいだ。再び言い聞かせたとき、火神が同じところを見た。黒子も改めて前を見た。二年生たちが変わらず、いた。花宮とは目が会わなかった。俺らも行こうぜ。火神が走る。遅れまいと黒子も続く。——黒子は影を薄めるために、たいてい「光」を利用する。注目を集める人物は、黒子の存在感を奪ってくれる。だから仮に誰かが黒子を見るような行動を取っても、実際には「光」を、隣の火神を見ただけなのだ。

火神が走ったことに気づいて、主将が新入部員を集めた。集まった一年は、体験入部から随分と減った。主将も数えていたけれど言及しようともしなかった。かわりに花宮と木吉を呼んだ。

「一年は初めてだろうから紹介しとく。うちの二年の木吉と花宮だ。どっちも強化選手で結構うまいから、それなりに頼れ。次!」