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# 四月、又は序章

月が爆発した。比喩ではない。謎の爆発が、この衛星のおよそ七割を蒸発させた。夜空は満月を失った。今は三日月が、かわりとばかりに昼夜も問わず、しかし規則的らしく地球を照らしている。

ひと月あまりのできごとだ。世界を揺るがす大事件だった。誰が最初に気づいたにせよ、世間に知れ渡るには、二十四時間では長すぎた。日本語も英語も、中国語もロシア語も、テキストもビデオも、陰謀論もSFも。ありとあらゆるデータが飛び交い、あらゆるサーバがパンクした。そして今なおマスメディアは爆発の謎を妄想している。

大衆は真相を知らなかった。

「これは月を破壊した怪物です。一年後の三月には地球をも破壊します」

人類滅亡の未来など思いもよらない、それこそは妄想だった。

妄想の過去の学校で「防衛省から来た」大人が、くすりともしないで背筋を伸ばす。応接室の机の上で、質量ある一枚だけの写真が、つるりとして私と彼女とを隔てる。かさりともしない黄色の画像だ。いっそCGを信じていたいようだった。実物はもう少しぬるりとしていますと、黒色のスーツは真剣そのものの表情で証言した。

これは国家機密である、と。

ただの子供に珍妙な話。謎の爆発の最大の謎——犯人——は学校教師として雇われた。

その珍妙な国家機密は*それ*が「椚ヶ丘中学校三年E組の担任ならしてもいい」と言い出したことに端を発して、生徒から*殺せんせー*として親しまれるようになったところで現在に続く。

正真正銘の防衛省の諜報員が、まっすぐに私をとらえる。

「我々は、あなたにも、この怪物の暗殺を依頼します」

あなたのクラスメイトたちは、すでに任務に当たっています。

教えてくれた大人たちは武器を支給してくれた。ナイフとBB弾とピストルだった。教室には他の銃種の用意がありますと、彼女たちは、そうも言った。私はピストルに手を伸ばしていた。そして窓を見た。

外を見ようと思った。

そこが隠されていることは知っていた。

だから試みただけにすぎない。だから銃をつかんでいた。だから空の弾倉が、そこで中身を待っていた。

諜報員の頭の上には、しかし星などありはしない。

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