夜見山北中学出身の花宮真が誠凛高校バスケ部に入った話。「もうひとりなら殺してた」

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初めての春の始業式。学校の桜は散っていた。桜が咲いている卒業式がいい。自然と考えて、ふと立ち止まる。通り過ぎた桜の木。見下ろした靴の下に桜の花弁。いつなら咲いていただろう。思い出すことはできなかった。見上げた空は、嗚呼、なんて外周日和。

春の始業式といえば、もちろんクラス替えの発表だ。うっすらと寒い桜の木の向こうに、人だかりができている。誠凛高校のクラス替えは外の張り紙で告知されるらしい。知った顔、知らないわけではない顔、知らなかった顔、それぞれが歓声を上げるばかりか、躍り上がったり、飛び上がったり。これではクラスを知ることもできない。はあ。ため息が横から聞こえてきた。まるで知らない顔だったが、後で一緒に名前を見つけた。チームメイトはいなかった。

まるで知らない顔だったが、新しいクラスメイトには顔も名前も知られていた。だって日本一のバスケ部でしょ、などと言われて、うっかり納得してしまう。ウィンターカップで優勝してから、新聞にも雑誌にも載り、学校でも表彰された。写真を撮られた。補欠も補欠のベンチの俺まで、優勝旗と一緒に十三人と一匹で。いや、それだと武田先生が入ってないから——。

さておき知り合ったばかりのクラスメイトとは、教室に入ったら席も前後で、余計に長々と話し込んだ。おかげで先生が入ってきたことに気づけず、早々にお𠮟りをくらってしまう。もしかして新学期最初の反省文は俺たちなのか。戦慄していると、先生が笑いだす。おまえたちで四番目だって。もうそんなに!? 思わず大きな声が出て、また笑われて、なぜか反省文は免除された。

朝のホームルームは出欠確認だけで、すぐに始業式が開かれた。そこで初めて知ったのだけれど、思いきり笑って始業式の引率までをしてくれた先生は、まったく担任ではなかった。きっと反省文もその関係で免除されたのだろう。初めから冗談だった可能性まである。もてあそばれた。あの先生が挨拶するとき、ついにらむように見てしまった。目が合ったような感覚は、もう気のせいだと信じていたい。

始業式は退屈しなかった。まずは新しい気の合うクラスメイトのおかげ。次にバスケ部のカントクのおかげ。カントクは生徒会役員なのだ。しかも副会長。学校行事に際して部員の態度をつぶさに監視していることは、バスケ部の中ではあまりに有名。だって練習内容が変わるから。——退屈しないって、つまり緊張しきりというわけ。

そんなこんなで始業式が終わる。教室に戻る道すがら、クラスメイトと新しい担任の話をする。きっと楽しい一年になる。

席についたら、正しい担任が入ってきた。廊下から徐々に足音が失われる。かわりに隣のクラスで椅子を引く音、座る音。先生の声。そして、また足音。何やら重たげな足取りに、廊下を見たら主将がいた。バスケ部主将が机と椅子を運んでいた。でも、どこに?


「席が足りなくてな」


バスケ部主将は答えてくれた。

新学期といえども放課後の部活動はいつもと変わらず。四月も数日、強豪バスケ部は何度も練習に集まっているのだ。強いて言えば、休憩時間は新しいクラスの話になった。何組だったとか、二年はバラバラだったとか、三年は結構かぶったとか、担任がどうとか、ホームルームがどうとか、そういえばホームルーム中に二年の廊下を主将が通ったとか。

席が足りなかった。主将の答えはこうだった。

へえ席が、そんなこともあるものだなあ。二年生たちは、それぞれ思った。短くない学校生活を振り返ってみた。高校二年、義務教育九年、春うらら、入学して進級して新しい教室で席を探したら、自分の机と椅子がない。そんな経験は今までにない。と、うんうんうなずいた幻の六人目シックスマンだけは、多少の注目を集めることになった。失礼ですよと言う黒子に、注目した連中はそそくさと謝る。

しかし、そんなことって、あるものらしい。

「へえまた席が」

伊月が話を聞きつけた。三年部員はクラスが結構かぶったが、日向と伊月はかぶらなかった。

「たしか去年も席が足りないクラスがあって——」

首をかしげた二年生たちに伊月が教えてやろうとしたら、三年生も半分は覚えていなかった。まあ、わざわざ覚えておくことでもない。伊月もたまたま思い出しただけだ。

ちなみに当時の二年何組は足りない席を空き教室から補充した。新設校ゆえ机と椅子の組み合わせは、校舎のどこにでも余りがあった。今日の日向の足りない席も、空き教室から適当に拝借。

「あとは新入生のクラスをつくったときに、三次チェック四次チェック五次チェック」

——させられた記憶がある。だから伊月は覚えていたのだろう。

「たしかに入学してすぐ席がなかったら落ち込んだかも」

「キャプテンだって落ち込んだよな」

「そーだそーだ!」

「花宮とコガは黙ってろ」

「だいたい花宮だって——」

三年生の思い出話に花が咲く。四月の始業式がどうだった、入学式がどうだった。

二年生も二年生で入学当時の話をした。決め手にならなかった部活動紹介、いきなり脱がされた体験入部、人前で声を張って入部宣言、初めての練習試合でキセキの世代と対戦し、個性的な先輩方と親交を深め。もう一年前の思い出か。並べ立てて、思いをはせた。一年生が二年生になり、二年生が三年生になった。実感はなかった。

「インターハイ」

誰かが言った。

「優勝しようぜ」

「おう」

誰からともなく返事をした。

「まずは新入部員だけど」

この数日後、無事に入学式が執り行われた。新入生のクラスをつくる役に選ばれた降旗は、六次チェックも七次チェックも経験した。さらに数日後には入部希望者が三十名ほど名乗りを上げ、数々の試練を経ておよそ半数が入部したのだ。